太宰治

太宰治は以前、『人間失格』を読んであまり良い印象を持たなかった。

生き方もだらしなくて、太宰治という人格を好きになれなかった。

それ以後『人間失格』以外の書物を読んだことはなかった。

 

テレビでふと太宰治の番組がやっていた。

見ていながらやっぱり好きじゃないわー、と思ったけど。

太宰治を研究しているという先生の言葉が印象に残った。

世の中で清く正しく生きている人には絶対に見えてこない真実がある

健康優良児だとか学級委員長だとか

そういう生き方で毎日過ごしてしまったのではのでは見えてこない人間の弱さとかコンプレックスとか

そういうものを自虐的に演じていくなかで発見して訴えていく、そういう文学だと思う

 

なるほど。

別の作品も読んでみたいな…そう思った。

歳をとってから読んでみると、また感じかたをするかな!

西郷どんロス

西郷どんが遂に終わってしまった(;∀; )

後半に行くにつれ、どんどん引き込まれていって切なさや様々な感情で胸にズシンときた。

西郷隆盛がこんなに愛されている理由がよく分かった!

最後が実話とちょいと違っていたけど、あれはあれで良かった。よく出来ていたな( ´∀`)b

 

好みのタイプ、これからは西郷どんだな。私って本当染まりやすいな 笑

からだのこと

巷で出回っている

「○分でできる」

「○○だけで変わる」

という健康、ダイエット術は嘘だと思っている。「○分でわかる」とかの知識術もね。

 

スポーツジムに通い2年?経つが、ダイエット成果はほぼない( ;∀;)

負荷のかけ方の甘さや、やってる感で満足という自分の甘さが影響しているのは、まあ置いといて・・・

 

若い頃ならもう少し効果も出るんだろうけど、アラフォーの体は色々と滞っている( ;∀;)

 

3日で変わるというメニューは3日で戻るレベルで、体そのものは何も変わっていないと思う。胡散臭いことこの上ない。

今時は高度経済成長もとっくに終わり、共働き家族がほとんど。仕事してご飯して洗濯して掃除して買い物して家のもろもろの+αして子供みて・・・・・

ほんとエンドレス。仕事してるママさん、本当に凄い(*ToT)

自分の時間なんてないよね。だけど、体の悩みもでてくる年代。

だから手軽な健康、ダイエット術を選ぶのはよくわかる!!

しかしそれを選ぶ人と、提供する人は別問題ヽ( `Д´)ノ

体を変えて維持するというのは、続けていくということ。

体はとても繊細だから、ちゃんと労ってあげないといけない。労るは体に良いことをしてあげること。運動や勉強がそれ。

日々の積み重ねなのだ。

だから、手頃なセールストークにのってはいけない。

毎年毎年溢れるほどのダイエット本、健康本が出てすぐに消えていくのもその証拠。

 

安倍さんか 石破さんか

どちらになるか

安倍さんは今までよくやってきたけれど、やりきった感があり守りに入っている印象

 

ここで石破さんが首相になったら、もっと色々なことが大きく変わるんじゃないか

 

そんな期待を持てる石破さん

 

 

ストレス

自分の感覚とあまりにかけ離れた人は、すごくストレスを感じる。

私はもともと怒りっぽいけど、この前怒りすぎて過呼吸ぎみになり苦しくなった。こんなのないわ( ; ゚Д゚)

人のことなど考えない人。平気で自分に有利になる嘘をつく人。自分が悪者にならないために、いけしゃあしゃあと人のせいにする人。

こういう人に振り回されると、こっちがおかしくなる。

沢山体動かしたらだいぶ落ち着いた。

そしていい勉強になった、その人がどういう人か分かって良かった(^_^;)

知らないで、大きなトラブルに巻き込まれることも有り得たし。

にこにこ笑いながら、分厚い壁でガードする。

 

「あん」感想文

まず始めに、本を読まないパパがドリアン助川さんを知っていて驚いた。昔ラジオできいていたそうで。そうなんだー

とても優しくて読みやすいお話だった。

「また、桜の国で」は素晴らしかったけど、ダメージもあったからリハビリも兼ねてこの優しさ丁度良かった(^_^;)

どうやら私は感情移入しやすいみたいだな。

 

ハンセン病

知っている病名だったけど、こんな歴史があったなんて知らなかった。最近までそうだったんだ。

多くの人が知るべき大切なことを、ほとんど知らない私。無知を痛感する。

 

徳江さんは10代の頃ハンセン病にかかり、ずっと世間と隔離された人生を送っていた。家族とも会えず、名前も変えて、ある日突然身に降りかかってきた苦しみや悲しみ、絶望、そして病気による身の苦痛や恐怖。

本人の責任は何もないのに、強制的に押し付けられた閉ざされた人生と差別。

自分は何のために生きているのか

なぜ生まれてきたのか

絶望の中で生きている意味はなんなのか

ずっとそんな事を反復し、もがきながら答えを探し続けていたんだと思う。

徳江さんの最後の手紙から、曲がりなりにも普通に無事に人生を全うした人だけが生きる意味があるのではない。様々な理由からあっという間に終わってしまった命も、闘病で苦しみもがいて終わる命も、社会の一員になれず人の役にたっていないと疎外感を感じながら終わる命も、すべてに意味がある。「生きている」ということに意味があると考えたんんだろうと思った。

この世に生まれたこと、生きていることに意味があるんだと。

そう思うことが、ハンセン病と共に生きることを支えていたのかな。

そしてあん作りも、徳江さんの大きな生きる意味として支えていた。

最後の森山さんとのやりとりも、面白かったなぁ(*^^*)

 

 

世界の中心で叫びたいこと

キャラクターものは、絶対に着せないというママは結構多い。

私もそう思っていた。それよりも、オシャレで可愛い服を着せてあげたい‼️そんな風に気張っていた。

だけど子供の戦隊ものに対する愛情は凄い。

アニメのキャラクターに対するそれもしかり。

最初はあまり着せたくなかったけど、息子の喜びようが凄かった(^_^;)

戦隊ものは、その年頃の男子達の最高級ブランドなんだと気付いた。親が選んだオシャレな服なんて無反応なのに、彼らのブランドに対する飛び付きは凄い。

結局、子供が喜ぶからとキャラクターの物が増えていき・・・

気づけば、どうでもよくなっていた(^_^;)

あるときなんかはパンツ、シャツ、靴下、上着までキャラクターものの時とかあった。ズボンが無かった、おしい(*^ω^)ノ

 

今はキャラもの着ているちびっこ見ると、微笑ましく思う。かっこいいよー!!と言ってあげたくなる( ´∀` )b

大人目線ではちょっと・・と感じるものと、子供の世界では全く違う。それが子供同士のコミュニケーションツールとなって、仲良くなれることも多い。

昔の私は、自己満足の女だったな。子供が喜ぶかではなく、周りの目を気にしていたんだな。だけど子供が大好きなものの方がよっぽど楽しい。

今はそんな風に思う。

 

以前カリスマ主婦の方の本で、子供服についてキャラものは下着、靴下まで。という人がいてなるほど‼️と思った。

だけど経験してみると考えは180渡変わった。子供が嬉しい!楽しい!が沢山ある方がいいよね(*´∀`)♪